読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

孤立する母親、孤独な子育て

子供に対する虐待や育児放棄による幼児の死亡事件が後をたたない。ここ20年間で子育ての環境は劇的に変化したそうだ。
子育て中の母親の孤立が顕著になってきたというのだ。まだ、戦前の面影が強く残っていた昭和20年代は、祖父母と同居している、いわゆる2世代家族が多かったし、向こう三軒両隣との付き合いは親戚のような付き合いで、料理を交換したり、醤油や味噌などを貸し借りしたりするなど、まるで親戚のような親密な付き合い関係があった。
どこの家庭もみな貧乏で日々の暮らしに四苦八苦していたから、「お互い助け合わなければ」という気持ちが強かったのだろう。だからこそ、遠くの親戚よりの近くの他人という言葉が生まれたのだ。
このため、たとえ親が不在であっても、近所の大人や子供達が面倒を見てくれ、時にはご飯まで食べさせてもらっていから、親が子育てで孤立するなんてことはあり得なかった。
それが、昭和30年代に入って、生活も少しずつ上向き始めてくると、次第に、こうした結束も崩れていき、昭和40年代に入ると、核家族化が進むにつれ、近所付き合いは疎遠になって行った。
今では、マンションに長年住んでいても、近所付き合いは殆ど無く、「隣の人は誰ぞ」状態になってしまった。しかも、個人情報保護と称して、表札すら出していないのだからなおさらだ。
これでは、子育て中の母親が孤立するのは当たり前だ。夫は仕事であてにならず、実家の親に助けてもらおうと思っても、遠くに住んでいるため手助けも期待できない。
結局、母親が部屋に閉じこもって幼児を育て、熱を出した、食べ物を吐いたとトラブルが発生しても、誰にも相談することも、助けてくれる人もいないのでは、育児ノィローゼになって、ついには、育児放棄にまで至るのは無理からぬものがある。
少し大きくなって保育園に預けようにも競争率が高くとてもむり、夫の育児休暇制度も十分機能していないとなれば、子供を生み、育てようと言う気力もなくなってしまう。
かってのように、地域社会全体で子育てをするという意識を復活させない限り、幼児虐待は減らず、少子化傾向は続くのだろう。このままで、「日本死ね」ではなく「日本死ぬ」だ!!



マタニティ下着の準備